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入院中の母、みつこちゃんの発言…

「朝ごはん食べた?」夜に聞く。
「おばあちゃん、病院に連れて行った?」おばあちゃんはアナタです。
「赤ちゃんにおっぱいあげた?」うちには赤ちゃんはいませんよ。
「私、お金ないんじゃないの?」ちゃんと年金が入ってますから…

みつこちゃんは、うつ病です。

去年の7月に大腸癌が発覚して、8月10日に手術をしました。
いつ腸閉塞になってもおかしくない状態のステージⅢとのことで、
全て取りきれるか分からないほど大きくなってた腫瘍でしたが、
開腹して悪いところは全部摘出できたそうです。
ただ、十二指腸に浸潤が認められたそうで、でも、年齢的にも進行は遅いと思うので、
体調と体力に合わせて、弱めの抗がん剤治療で様子を見ましょうと言われました。

9月1日に退院。
2週間後に抗がん剤を始めるまでは、
とにかくたくさん食べて体力つけて、体調を整えておくように言われ、
同居している下の兄は、一生懸命美味しいご飯を作ってくれました。
最初は「おいしい!おいしい!」と母も大喜びで頑張って食べていましたが、
次第に「ちょっと食べすぎだなぁ…」とか、「こんなに食べちゃいけないね」とか、
食べる量を勝手に抑えるようになっていきました。
食事制限もないので、「そんなことないよ、いっぱい食べていいんだよ。」
「身体にいいものをよく噛んでいっぱい食べて、しっかり出すもの出さないとね。」等々、
兄と私で何度言い聞かせても言うことを聞いてくれず…
よくよく聞いてみると、「今まで食べたいもの好きなだけ食べ歩いて、
贅沢してたからこんな病気になっちゃったんだ…」と、悲しそうに言いました。
びっくりした私は、「そんなことないし(笑)誰だってやってることだよ。
それに贅沢って言うほど贅沢してないし!だから逆に今はもっとう~んと贅沢していいよ!
一緒に美味しいものい~っぱい食べに行こうよ!」と言っても、母の気持ちは変わらず…

母としては、これまで血圧が高くて薬を飲んでいたけど、それ以外は大きな病気もせず、
そんな自分がまさか癌になって手術までするなんて思ってもいなかったようで…

どうしても、病気を受け止めることも、病気に立ち向かうこともできない状態でした。
今思えば、『癌』という言葉を口にすることも、手術で摘出した腫瘍を見ようともしなかったのは、
それだけショックで、病気に係わる全てのことを考えたくなかったのでしょう…

でも兄と私は、病気が分かるまでの母しか知らないので、
あれだけ気丈だった母が、てか、あれだけ何を言っても文句しか言わなくなっていた
憎たらしい婆さんが、まさかここまで気を落とすとは思ってもいなかったので、
一緒にいる時間を作ってとにかく励まし続けていました。
でもそれが母にとっては、プレッシャーになっていたのかもしれません。
何を言っても『また怒られちゃった…』『子供たちに迷惑ばっかりかけてる…』と、
どんどん自分を追い込んで口数が減り、「具合が悪いの、入院させて」と、
自宅にいることを不安に思うようになっていき、入退院を繰り返すことに…

母のうつの症状は、この頃すでに始まっていたように思います。
でもなかなか判断しづらくて認めたくない思いも強かったのよね…

私としては、とにかく必死でした。
去年1月28日にぷ~ちゃんを看取り、その悲しみが続いてる中、
母の病気が分かる10日ほど前の7月11日にはたるちゃんが急死、そして母の癌発覚。
それ以降も、ずっと頑張ってくれていたにょ~ちゃんも日に日に弱り、10月6日に永眠…
もう何がなんだか分からない状況と心境のまま、必死で母を支えてきたつもりです。
それでもまだ不幸は続き、今年の1月10日に父まで亡くなるという…

いつかお別れする日がくるのは覚悟していたけど、こんなにも続くなんて、
もう去年からずーーーーーーーーーーーーーーーっと、『まさか』の連続で…
どんな最期でも後悔するのは分かっていました。
でもこれほどまでに後悔しかないものだとは…
そうは言っても、私がどんなに悲しみ嘆いたところで、誰も戻ってきてはくれません。
それならこれまでと変わらずに想い、愛し続け、私なりの供養をしていくことで、
痛みも苦しみもなく、安らかに眠ってくれるんじゃないかと思うようにしています。
でも…今でも突然、深い深い悲しみに襲われ、泣きわめく時があります。
それでも立ち直れるのは、どんな時も笑ってそばにいてくれる旦那さんと、
今も変わらず元気でいてくれる、かわいいかわいいぱんちゃんのお陰です

母のうつ症状は、加速しています。
脳のひどい萎縮は見られないので【認知症】ではありませんが、
意識が朦朧とすることも多くなってきました。
食事も経口摂取をしなくなってだいぶ経つので、IVH(中心静脈栄養)で補給するしかなく、
急激な体力の衰えで自分で身体を動かすこともできなくなり、要介護4の認定を受けました。
ひと月ほど前には、胸水、腹水が溜まりはじめているので、
おそらく癌の転移、再発の可能性が高いでしょうと、主治医から言われています。
(定期的な検査では、目に見えるはっきりした癌は確認できていません。)
こうなると、余命は2~3ヶ月だそうです…

ただ、39度とかの高熱を出しても自力で下がっちゃうとか、
ひどい貧血を起こしても二度の輸血で落ち着いちゃうとか、
もう骨と皮だけになったあの身体で、どこにそんな力が残っているのか…
「もう、いなくなりたいの」とか言ってたくせに、しっかり生きてるじゃないのよ(笑)
でもどうせならその逞しさを、術後に発揮してほしかったよ

この約10ヶ月間の闘病で、色々なことを考えさせられました。
母の状態に一喜一憂して、ほとんど私任せで温度差のある兄たちに苛立ち、
自分の色々な感情と葛藤に苦しみ、途方にも暮れました。

でも一番辛くて苦しくてやり切れないのは母なので…

母に会う時は笑っています。
母のおかしな発言には、ゲラゲラ大笑いします。
そうすると母はきょとんと不思議そうな顔をして、そのうちにんまり笑います
もうすぐ母ともお別れだけど…それまで、1回でも多く一緒に笑おうと思います。
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